先回、ある監査法人にご紹介をして転職を果たした方のハッピースパイラルについて書きました。転職後、まさに「水を得た魚」のように溌剌と活躍されている姿を見聞きすることは私たちにとって、アドバイザー冥利に尽きることのひとつです。彼との久しぶりの再会の帰り道、あることに気づきました。これまで転職がスムーズに決まる方の共通点です。
自分なりの将来のポートフォリオがあるかどうか
たとえば、同世代でこれまでに経験してきたスキルが似たような候補者がいた場合、「採用される人」と「採用されない人」との違いは何なのか。僅差の場合、採用側の決定打となる違いとは何か? それは、一言で言えば、転職先の企業に入社した後に自分が専心したい仕事のビジョンが明確で、なおかつ具体的であった、ということでした。
エージェントとして、時に企業の採用面接に同席を求められることがあります。そこで複数の候補者の受け答えをつぶさに見聞きすることになるわけですが、「転職したらどんな仕事をしたいですか?」と尋ねられた時に、「御社の売り上げに貢献したい」「一日でも早く仕事をマスターしてお役に立ちたい」「求められたことに何でも応えます」などと抽象論を云う語る人が案外少なくありません。
一方で採用される人は、ほぼ例外なく企業のホームページにくまなく目を通し、配属先における、自分の居場所を具体的にイメージしています。転職後、これまでの経験を新しい職場でどのような形で発展させたいのか、自分なりの将来のポートフォリオを持って面接に臨んでいるのです。いってみれば、一種のイメトレかもしれません。
一人の入社が劇的にその後の会社を変えるチカラになったこと
面接はプレゼンテーションの場だとはよく言われることですが、饒舌である必要はなく、具体的なビジョンが相手に伝われば「この人と一緒に働いてみたい」という企業担当者の気持ちが動くものです。そこで、記憶に残る成功事例をいくつかご紹介しましょう。
既存顧客がある意味、飽和状態になってしまっていた、ある老舗アパレル企業。この時代、インターネットでの通販なしでは新規顧客が見込めないとわかってはいるものの、大きな変化を嫌う社風がネックになり、ECサイトの構築、運用面で積極的なうち手を見出せず、経営層は新機軸を欲していました。単に現存のサイトの手入れをするのではなく、ゼロベースでビジネスモデルそのものを刷新してくれる人を探していたのです。Aさんはこの企業が抱える課題を現状サイトからはっきりと感じとっており、面接の席で企業にとっては耳の痛い、いわゆる進言とも受け止められかねない提言をしたところ、何人かの面接官は露骨に嫌な顔をしました。ところが、彼は見事に採用されたのです。募集職種名はウェブディレクターでしたが、戦略コンサルとして迎え入れられました。数年後、ECサイトは一新。新規顧客も売り上げも獲得し、企業としては大喜びです。たった一人の入社が劇的にその後の会社を変えるチカラになったことを目の当たりにし、心からの拍手を送りたいと感じたほどです。
自分自身のキャリアの軌跡があたかも一筋の水脈としてつながっていく
次のケースです。新卒入社した地方銀行の本部で主に不良債権処理の任務を任されたBさん。凝り性の性分のせいか、事業再生の仕事の面白さに開眼していきます。しかし、あくまでもゼネラリストを求める銀行のカルチャーに馴染めず、地方に配属されたことを機に、ある公的機関に転職をします。そこで中小企業の支援に携わるようになったBさん。制約の中で広く浅く何件ものケーススタディを経験するうちに、利益追求という挑戦をしたくなってしまったそうです。「いまある経験をもっと活かせるステージはないですか?」と最初に相談におみえになった時の、Bさんの目の輝きを私はいまでもよく覚えています。
私がBさんにご紹介したのは、ある税理士法人でした。募集職種名は中小企業事業コンサルです。ちょうど、M&Aや事業承継、事業再生を手がける企業で中小企業に特化したコンサルティングができる人材を探していたのです。Bさんはこの仕事内容を一読して、自分がこれまでまったく脈絡がないと感じていた二社経験、つまり自分自身のキャリアの軌跡があたかも一筋の水脈としてつながっていくような「ビジョンのようなものを感じた」と後日話してくれました。その後の彼の活躍もまた、「水を得た魚」状態です。転職後の彼との再会は「人はおかれた環境によってこれほど変わるのか」ということを改めて、思い知ることとなりました。
余談ですが、よく自己啓発本の類には「目標のゴールを具体的に設定すること」とか「欲しいものがあるなら、リストとして書き出すこと」とか「すみずみ細部にわたってイメージしたものを絵に描いてみること」などという言葉がよく散見されますが、転職においても転職した先の会社で働く自分や、その場にいる自分の気分をありありとイメージできるかどうかということは案外、潜在的な影響を与えるものかもしれません。ビジョンをより具体的に、鮮明に思い描ける人の強さを感じた事例でした。
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